2024年8月30日、エリアマネジメントシンポジウム2024を虎ノ門ヒルズステーションタワーにて開催しました。今回のテーマは「エリアマネジメントの意味を考える」。エリアマネジメントと呼ばれる活動や事業が生まれて20年が経過した今、改めてエリマネを見つめ直す議論を二部構成にて行いました。
多様な立場や地域でエリマネに取り組む方々に登壇いただき、課題や悩みを共有しながら「これからのエリアマネジメント」のヒントに溢れた内容を3回に分けてレポートします。
冒頭に、国土交通省 都市局まちづくり推進課長 須藤明彦氏より開会のご挨拶をいただきました。
「国土交通省では、官民が持つ空間をパブリックな場所として街に開き、 イノベーションの創出や人々のウェルビーイングを実現するまちづくりに向けた政策を推進しているところです。そのためには、ハードの整備だけではなく、多様な関係者間でのビジョンの共有、連携体制の構築、 官民連携のさらなる強化といったことが重要です。その中で、エリアマネジメントの取り組みはますます欠かすことができないものとなりますので、今後の都市再生政策の要にもなるエリアマネジメントのあり方について、皆さまからのご意見もいただきたく考えております」(須藤氏)
SESSION1:インフォーマル・パブリック・ライフから考えるエリアマネジメント
最初のセッションテーマは、「インフォーマル・パブリック・ライフから考えるエリアマネジメント」。『インフォーマル・パブリック・ライフ―人が惹かれる街のルール』の著者である飯田美樹氏をゲストに迎え、都市における居心地良さや暮らしやすさの観点からエリアマネジメントの役割を改めて考えていきました。
初めに、飯田氏から「インフォーマル・パブリック・ライフ」について、事例とともにご紹介いただきました。
まず、このテーマで執筆するに至った背景として、自身の経験が大きく影響していたと話します。
カフェ文化やパブリックライフの研究に取り組む傍ら、子供の出産を機に専業主婦になり、京都のニュータウンに引っ越したという飯田氏。そこは大きな公園やショッピングセンターが周辺にあり、ウォーカブルでよく計画された都市だったそうですが、どこか違和感があったそうです。
「いざ暮らしてみると、街のどこを歩いてもほとんど人がいないことが日常でした。 それでも街に適応して楽しもうと心がけて、児童館やママサークルへ出かけていったものの、日増しに得体の知れない孤独が深まるばかりで、泣くことが増える一方だったんです。
そうした日々の中、ある大学の先生から私の研究に近いんじゃないかとレイ・オルデンバーグが書いた『The Great Good Space(翻訳版:サードプレイス―― コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」)』を読むことを勧められました。当時はまだ知られていなかったサードプレイスやカフェの重要性を説いた本で、そこには私が抱えていた得体の知れない孤独と同じものをアメリカの専業主婦たちが抱えていると書かれていたんです」(飯田氏)
オルデンバーグは「元々人間は家庭と職場・学校を第一と第二の場とし、それから第三の場となるインフォーマル・パブリック・ライフがあることで精神的なバランスを取っていた」とし、それに対してアメリカ社会は、第一と第二の場のみで全てを背負ってしまっているため、ストレスが解消されない状態が起きていると指摘しています。
この「インフォーマル・パブリック・ライフ」との出会いを機に、得体の知れない孤独に対する答えがここにあるのではないかと、自らも研究を進めることを心に決めたと言います。
「この第三の場所となる『インフォーマル・パブリック・ライフ』とは、老若男女が気軽に行けて気分転換ができる場所およびその時間と定義しており、具体的には広場、公園、川岸、海辺、市場、商店街などのイメージです。第三の場所というと、日本では『サードプレイス』をイメージするかもしれませんが、サードプレイスはインフォーマル・パブリック・ライフに含まれる中核的な存在と位置付けています。カフェ、パブ、ビアホールといったものがサードプレイスの例で、特にヨーロッパでそれらは社会的なガス抜きの場として機能しています。
一方、そうした場がないと家庭や職場、学校における社会的なストレスを、個人的に解消しなければならず、自分でヨガやジョギング、ジムに行くわけですが、そのお金がない人はストレスを解消することすらできないという悪循環が起こってしまうのです」(飯田氏)
ストレスは社会的なものでありながら、解決は個人に委ねられるという悪循環。その循環を解消する鍵となる第三の場=インフォーマル・パブリック・ライフとは、一体どういったものをもたらすのでしょうか。飯田氏はインフォーマル・パブリック・ライフの要素を以下のように挙げました。
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● 朝から晩までどんな時間でも人がいる
● 誰にでも開かれており、誰しもがそこでゆっくりすることが許される
● あたたかい雰囲気があり、一人で訪れても、誰かと一緒にいるような安心感がある
● そこに行くと気持ちが少し上向きになる
● そこでは人々がリラックスしてくつろぎ、幸せそうな表情をしている
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日本では、南池袋公園や丸の内仲通り、商店街や骨董市もインフォーマル・パブリック・ライフの良い例として挙げられるそうです。
では、上記のような特徴を持つインフォーマル・パブリック・ライフの社会的意義とは、どういったことがあるのでしょうか。飯田氏は、自分とは異なる世界にいる人の存在を肌で感じることができる「ソーシャルミックスの促進」、頭の中に抱える悩みや問題を一時的に低下させる「カフェセラピーの効果」、そして家庭や仕事での役割に縛られない「本来の自分自身の獲得」に繋がると述べます。
「最後の『本来の自分自身』とは、厳しい社会規範や教育に抑圧されずになんとか残った忘れかけていた自分、つまり第三の自分を指しています。
サードプレイスが実は人間にとって重要なんだとオルデンバーグが主張したように、私は人間にとって第三の自分こそがもっと重要ではないかと提起したいんです。私がニュータウンでの生活で第三の場と第三の自分が得られずに苦しんだように、自分らしくいられる場所とそうあれる時間が街には必要なんだと強く思うようになりました」(飯田氏)
人の暮らしや社会とって重要なインフォーマル・パブリック・ライフですが、それらの充実は街の動きにも影響を与えると言います。社会学者のリチャード・フロリダは「私が聞き取り調査をした人たちは、刺激的で創造的な感情を提供してるところに住みたいし、住む必要があると主張した」と述べたように、コロナ以前には、パリ、ロンドン、ニューヨークなどで、前代未聞の人口増加が進んでいました。飯田氏は、この背景にある人々の願望をこう分析します。
「人がある街へと引っ越す理由には、そこに行けばよりよい暮らしが期待できるとか、もっと自分らしく生きられるのではないかといった願望があります。今日ここに参加されているまちづくりに取り組む方々にとっても、どうすれば自分の地域が人の願望を惹きつけ、発展できるかが大きな課題ではないかと思います。リチャード・フロリダは、そのための鍵となるのは『まず高い能力を持つ人やクリエイティブな人を惹きつけることだ』と述べており、そうしたクリエイティブクラスや若い世代は、ストリートライフのあるコミュニティやウォーカブルな場所に好感を抱く傾向にあります。経済的に栄えるためにはオフィスビルの繋がりだけでは不十分であり、文化的、社会的刺激に満ちた街であるということが重要だと言われています」(飯田氏)
しかし、ストリートライフのあるコミュニティやウォーカブルな場所であればいいというわけではありません。そうしたものの中に、クリエイティブクラスは何を求めているのでしょうか。ここで飯田氏が経験したニュータウンを再び例に挙げます。
「私が住んでいたニュータウンは、ウォーカブルシティとしては非常に良くできた街でしたが、そこでは『子連れの主婦』としての画一的な経験しかできなかったんです。第二や第三の自分はなく、自分らしくありたいと願っても、それを促す場も許容してくれる場も存在しませんでした。この街での自分の正しい生き方とは、このまま2人目の子供を産んで団地の一室を購入して老後を迎えることで、それ以外の可能性を感じられずに毎日を生きていました。こうした画一的なものの見方や価値観しかない街は、それらに違和感がある人にとっては息苦しさを感じて脱出するしかなくなってしまうんです。
こうした自分の経験を踏まえながら特にお伝えしたいのは、インフォーマル・パブリック・ライフを通した経験への開放性が大事だということです。つまり、自分が持つ絶対的な価値観とは全く異なるものに出会った時に、否定せずに肯定的に捉えられる状態であること。これが人を惹きつける街と抜け出したい街の一番の違いであり、クリエイティブクラスもなぜインフォーマル・パブリック・ライフの充実した街を選ぶのかというと、まさにそこが経験への開放性を促す場になっているからなんです」(飯田氏)
経験への開放性が高い場は、視野を広げるとともにより自身の自由な発想も認めてもらえるようになります。これは画一的な価値観の中で苦しんでいる場合には、生き方を左右するほど重要な環境とも言えます。
「改めてインフォーマル・パブリック・ライフがなぜ重要かと言うと、そこでは社会の規則から離れて自分らしく振る舞うことができるとともに、多様な人がいることで視野が広がり、既存の価値観と違うのも肯定的に受け入れやすくなります。そして、そこには新しいこと、異なることに対する寛容な雰囲気があるので、他では許されないような行動や意見も安心してすることができる。つまり自己表現がしやすくなるので、新しいアイデアも肯定されてイノベーションへと繋がっていくのです。
そしてそうした場に大事なものは、居心地の良さだと思っています。多くの人が集まっているかではなく、長い時間滞在したいと思うかどうか、恒常的に居心地が良いかが重要ということです。人々が主体的に過ごせる場をつくるということが、これからのまちづくりの役割なのではないかと思っています」(飯田氏)
▷▷▷【開催レポート 全国エリアマネジメントシンポジウム2024_その2】に続きます。